井の頭公園を廻る- (1) 冬の夜
ドトールコーヒーを出て右に歩を進める。 七井橋商店街のレトロな灯りと控えめな喧騒を抜け、階段を下る。
夜の井の頭公園は真っ暗なイメージを持っていたが、ひんやりとした青白い光で薄く覆われていた。
左手に広がる未舗装の広場を抜け、池を廻る路に乗った。 風が強ければ広場からの砂埃か気になるところだろうか、 それとも暗がりの砂埃など気にもとまらないのだろうか。
入り口ほどではないが、路をたどるには支障のない程度の街灯を頼りに時計回りに進む。
池端のベンチが街灯に照らされ、緑色になっている。 その緑が蠢いた。目を凝らすと寝袋が横たわっている。 この気温の中ご苦労なことだ、蠢きたくもなるってもんだ。
時折、前方から揺れる影が近づいてくる。ランナーだろう。 そういえば、すれ違ってはいるが、追い抜かされてはいないな。 ランニングは反時計周りが主流なのだろうかなどと、たわいもないことを考える。
住宅側の木々の中からカサカサと聞こえる。僅かに風もあるようだし、葉擦れかなと思い目を凝らす。 こちら側にもベンチがあったのか、寄り添う二つの塊が目に入る。 野暮なことをしたもんだと、チクリと良心を呵責するが、それ以上に寄り添ってもこの気温には対抗できなかろうという思いが上回った。 男女の絆は試練を乗り越えることを強いているわけではあるまい。 歩を進めていくと同じ様な光景が池を取り巻いているではないか。 やはり男女間にはなにかしらの掟が存在するのだろうか。あまりに嫉妬心をくすぐらない光景だ。
そうこうしているうちに、またひんやりとした青白さが浮かんでくる。七井橋の反対側だ。 パブの小洒落た明かりこそあれ、商店街の光が届いてこない分、ちょっとだけ寒そうだ。
また、同じ様な青白さだ。わずかに赤みを帯びてはいるが、雰囲気を暖めるには至っていない。 人気のないこの時間の弁天様に、そこまで求めるのは酷ってもんだ。
また、暗がりを進む。開けた先に橙の横一文字が飛び込む。 こんなに寒いのに、なぜか温度を感じる、この絵画が好きだ。 周りの闇の自己主張を、ファジーな灯りが煽る。かえって僅かな月明かりを際だたせる。 反時計周りでは出会えない空間だろう。暗闇と寒さの中を進んできたからこそ招かれる空間だ。
また、ひんやりとした青白い光とレトロな灯りの境界に戻ってきた。さて、またいつもの街に戻るとしよう。